「……なに?」
「死んでるんじゃないかと思った」
男は言う。北半球なまりだ。
「ここには俺たちだけみたいだ」
立ち上がった男は本当に大きい。そして日差しが暑い。
「どこか、日陰はあるのかしら」
「ああ、こっちだ。ついてこい」
大きな背中を見ながら、林の方に向かっていった。
「ねえ」
大きな背中に尋ねた。
「あなたの名前は?」
男は振り返らずに言った。
「おれはシロクマさ。アンタは?」
「私はペンギン」
男に倣って答えた。私には南半球なまりがある。
南の島――かつては山頂だったらしい――で魚を取っていた。私は村では有名な魚取りで、ちょっと調子に乗りすぎたのだ。沖に出すぎて、流された。
そして気付けばこの島だった。
見知らぬ男と二人。
食べ物には困らないだろう。何と言っても私は魚取りの名人だから。
「着いたぞ」
それは洞窟のような穴で、けれど、地面には柔らかに干草が敷き詰められていた。入り口には棘のある植物が生えていて赤い花が咲いている。扉のようになっているのだ。何と言うのかは知らない。
「しばらく前にここにたどり着いてな、寝心地がいいようにはしてある。アンタも使うといい。食べ物も魚でよければ、そこに干してある」
男らしい男。私はシロクマをそう認識した。胸がきゅっとなったが、なぜ? 少なくとも私の村にはいないタイプの男。
ここは甘えておこうと思った。ここがどこだか知らないが、帰るには体力がいる。
やがて日がくれ、空が薄紫に染まり始めた。
夜になるとシロクマは火を起こした。ごつい指で火打石を持ち、石を打ちつけ火花を散らし、それを干草に移してそっと息を吹きかけると、干草は炎を作り出し、シロクマはそれを枯れ木にあげた。外見からは想像できないような、繊細な手つき。
「あったかい」
ぱちぱちとはぜる炎を見ていると、とんがっていた心が安らぐ気がした。
「ペンギン」
突然シロクマが話しかけてくる。
「夜は出歩くなよ。毒のある生き物は夜に活動する。身が惜しかったら夜は出歩くな」
「う、うん」
ここで初めてシロクマの顔をまじまじと見た。どきりとした。決して端正な顔立ちとは言えない。日焼けした顔は、なんとなく父を思い出した。男らしい顔、とはこういう顔を言うのだろうと思った。……ほんのわずかだが、ここで二人だけで暮らすのもいいかもしれない、と言う気持ちが浮かんだのは否定できない。揺らぐ炎に私の心も揺らいだだけだ。そう思い込んで、その日はシロクマの横で眠りについた。シロクマの横で深く深く眠りについた。
「ペンギン、ペンギン」
翌朝、というか昼近く。シロクマに起こされた。
「死んでるんじゃないかと思った」
前にも聞いた台詞だ、とぼんやりと思った。
「食べ物を取りに行くんだが、アンタはどうする?」
「私も行く」
何度も言うように私は魚取りの名人だ。恩を売っておくのも悪くない。こんな図体のでかい男よりもたくさんの魚を取る自信があった。
と。
シロクマは何か棒を取り出した。先がとがっている。「ははあ、これで魚を突くつもりか」私はそんな効率の悪いことはしない。
シロクマについて海辺へ向かった。が、シロクマは海に入る様子はない。岩場ではアザラシと言ったか、海獣が多数横たわっている。確かにこれでは海に入れない。
「動くなよ」
シロクマはそう言い、身を低くして海獣の方に向かって行った。そろりそろり。群から少し離れていた一頭に近づいてゆく。
ぶしゅ。
鈍い音がして、海獣の群が一斉に海へ飛び込む。シロクマは一頭の海獣をしとめていた。
「すごい……」
吐息のように声が漏れた。不本意。シロクマはずりずりと海獣を引きずりながらこちらへ戻ってくる。
「これで二三日は食いつなげるだろ」
にんまりと笑った。どきん、とした。
今日も日は傾き、シロクマが火を起こす。あったかい。手が。頬が。……胸が。
教えてもらったが海獣はやっぱり「アザラシ」と言うらしい。ナイフで器用にさばいていた。毛皮は毛布代わりにすると言って、寝床に放られた。獣をさばくと言う習慣を持ち合わせていない私は、ぺたんと地面に座ってシロクマの手に見惚れていた。大きくてごつい手、その見た目からは想像できないその指の動き。血で赤く染まっている。肉は切り分けて吊るす。燻すらしい。
「肝だ」
そう言って生のままの臓器に齧り付いた。口からも血が滴る。ヒゲが、唇が、赤い。
「ペンギンも食え。精がつく。それに甘い」
私は少しためらった。なぜ? ためらう理由なんて、無いのに。
と、跪いたシロクマの顔が目の前にあった。
唇と。
唇が。
触れた。
にゅるりと砕かれた肝が口内に……確かに甘い、と感じる間にシロクマの舌が入ってくる。分厚くて長い、柔らかな舌。私も舌を絡める。気付けばシロクマと私は強く抱き合っていた。舌も柔らかいが唇も柔らかだった。ヒゲが少しくすぐったい。けれどそれも気持ちいい。でも何よりも、あの大きな手に抱き締められている事が私の心臓を高鳴らせた。
私たちは長い時間抱き合い、口づけを交わした。いつ終わるとも知れない触れ合い。
気付けば日が昇っていた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
アザラシの毛皮がかけてあった。横を見るとシロクマが寝息を吐いていた。しばらくぼおっとしていると、寝言を言った。
「行かないでくれ」
その声はか細く、弱弱しくて、情けないほどで。
私はシロクマを抱き締めた。
強く。
強く。
寝ぼけたシロクマが、私を抱き返した。
夜にあれだけ赤々と燃え上がって照らしていた炎は、今はうっすらと煙を立ち上らせているだけだった。故郷よりも、今は、シロクマのことを想っている。今は。
昨夜の事を思い出しながら、太陽を見つめた。
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BUTAPENNさん主催 ペンギンフェスタ2007(〜10/31)に参加しています。
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カヲルでございます。
拙作へのコメントに関していくつか注意点がございますの。お読みくださいませね?
1、こちらのブログはサブですので、レスポンスが遅れることが多々あると思いますの。ご了承くださいませね。
2、こちらのブログでアタクシの普段のPNに触れることは厳禁とさせていただきますわ。もし書き込まれていた場合、削除することもございますのでお気をつけくださいませ。
そうそう、エスキモーはアザラシをひたすら水で煮るそうです。
早速おいでいただきありがとうございます。悪友さんたちはお元気かしら?
香りがしましたか、嬉しいですわ。血生臭い生命の香りを描けていたら、と思っておりましたのよ。
>アザラシをひたすら水で
……煮る????
煮えるのですか? 美味しいのかしら?
「エロくなりきれなかった」とおっしゃってましたが、そんなことはありません。ふたりだけの楽園、肝を食べながらのキスシーン、すてきです。
北半球なまり、南半球なまり、ということばが壮大に響きました。
投稿いたしました際に感想いただきましたのに、改めてありがとうございますわ。
すてきとはうれしいお言葉。なんとなく温暖化で陸地が減った星をイメージいたしましたの。